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食ビジネスの今:ピンチの後のチャンスとは


2022年3月7日。コロナ禍で導入されたレストラン店内飲食時のワクチン接種証明提示とマスク着用義務がニューヨーク市で終了を迎えた。二年前の2020年3月17日に店内飲食が全面禁止になった時からほぼ二年の時を経て、コロナ禍のフェーズからnormalcy(正常)なフェーズに戻ったと言えるだろう。この二年の間、米国の食ビジネス業界は大きな打撃を受け、悩み、生き残り、そして変化した。

米国のレストラン業界の主要データを振り返ってみよう。コロナ禍以前の2019年の業界売上は約9000億ドル(約100兆円)であった。2020年、その数字は6500億ドル(約72兆円)まで縮小したと言われている。閉鎖したレストラン件数は少なくとも11万店。この数字はマクドナルド、バーガーキング、ダンキンドーナツ等ファーストフード店TOP17社の全店舗数に相当する。業界に与えたインパクトの大きさが窺える。

このように大きな影響を受けたレストラン業界であるが、2021年には8000億ドル(約88兆円)まで回復し、一時期懸念されたような長期停滞には陥らなかったと言えるだろう。この最近の流れをいつくかの視点から追ってみたい。

継続する日本食高級化の流れ「Omakase」と「Kaiseki」

「Omakase(おまかせ)」とGoogleで検索すると高級日本食レストランリストがすぐに出てくるようになった。「Japanese Restaurant」「Sushi」と検索すると高級店に限らず様々な価格帯のレストランがリストされるがOmakase=高級日本食レストランというイメージが完全に定着したと言えるだろう。最近米国では高級いちごにOmakaseと命名するケースもあり、この言葉は元々の意味から拡張して、高級、こだわり、洗練した食を意味する言葉へと変貌していった。

しかし2020年3月に始まったコロナ禍で高級おまかせレストランも大きな打撃を受けた。閉店に追い込まれたお店も多数あるが、高級おまかせレストランは2021年のレストラン業界の復調に合わせて静かに復活したと言っても過言ではない。

このカテゴリの復活の原動力となっているのはここ数年以内にオープンした新規店である。コロナ禍を乗り越えた老舗の高級店は引き続き独自の味、サービスに磨きをかけ、盛況を博しているが、それ以上に多くの新店が開店し、ニューヨーカーの間で高い評価を得ている。その中でも最も評価が高い、と言われているのが「Yoshino New York」。名古屋で伝説のお店とも言われた「寿しの吉乃」を閉店し、東京への出店を断り、世界の中心ニューヨークで勝負する事を決意。コロナ禍が収まり始めた昨年9月にイーストビレッジに満を持してオープンした。この他にも寿司のカテゴリでは中島シェフによる「Nakaji」、コロナ禍に四号店をオープンした「Kissaki」等が上げられる。マンハッタンの対岸ニュージャージーのフォートリーには昨年「Sushi Aoki」がオープン。ニュージャージーはマンハッタンに比べるとレストランの酒類ライセンスが何十倍する事等から高級レストランの運営が難しく、高級おまかせレストランの出店が中々実現しなかった。その様な中、コロナ禍を乗り越えての同店の開店は、このカテゴリの拡大を裏付けるものと言ってよいだろう。

このOmakaseの流れに合わせて新たな業界用語として定着しそうなのが「Kaiseki」である。正確には懐石と会席、両方の解釈があるが、 Omakaseが寿司に対して使われる事が多いのに対して、高級一品メニュー、創作メニューを組み込んでいるのがKaisekiである。「Yoshino New York」と同じく昨年満を持してオープンしたのが「Kaiseki Room by Yamada」である。料理長の山田氏は京都の吉兆で修業後、フレンチの巨匠David Bouley氏と日本の辻調理師学校が共同経営していた「Brushstroke」の総料理長として2018年まで活躍。日本食の基礎は勿論の事、Bouley氏から学んだ洋のエッセンスも取り入れた懐石コースはニューヨークならではのメニューである。この他にもコロナ禍直前のオープンではあるが評判の高い「Tsukimi」、 究極の懐石料理店として本年オープンした「Kappo Sono」等、ニューヨークで新たな食シーンが誕生しようとしている。

日本スナック文化の世界展開の後押しとなるか「Bokksu(ボックス)」

朝起きてスマートフォンのニュースを見る、一昔前であれば紙の新聞であったものが、今ではすっかりスマートフォンに取って代わった。そしてニュースの後には少しFacebookを覗いてみると最近気になる広告を目にするようになった。日本のスナックを米国の消費者に直接届けるサービスである。その中でも特によく広告として目にするのが「Bokksu(ボックス)」である。読者の皆様も一度は広告を目にした事があるのではないだろうか。

Bokksuは2016年にダニー・タイング氏が創業したサブスクリプション型スナック販売会社である。日本の楽天で数年間勤務していた頃、米国にはない、日本の美味しくて、ユニークで多種多様なスナックに大変感銘を受け、これらをアメリカで販売出来ないかと考えたのが始まりである。

米国に戻ると複数の輸入業者に手配を依頼するが、どの会社も売れるか分からず、大きな数量が見込めないダニー氏の要望に応えてくれる所はなかった。その理由として輸入をするにはコンテナに大量のオーダーをまとめる事が求められるのが大きな原因の一つだった。そこでダニー氏はスーツケースいっぱいに日本のスナックを購入すると、オンラインサイトで販売する事から始めた。オーダーを受けてはニューヨークの一室でパッキングする日々が始まり、地道に活動を続けた。2018年には投資家の支援を得て、本格的にビジネス拡大に乗り出した。

その頃から日本で商品を集め、日本から直接出荷するモデルにシフトを開始した。米国の輸入業者ではコンテナ輸入というスキームにどうしても縛られてしまうが、日本から直送するスキームであれば、箱単位、ボックス一つでお客様に幸せ、楽しさを届けられる。エアー代金はかかってしまうが、それまで米国の消費者に届ける事が出来なかったスナックの数々を届けられる。そんな箱一つに詰まった思いを消費者の皆様に届けたい、との思いも込めてボックスのローマ字を元にBokksuと命名した。

Bokksuでは月約$40のサブスクリプションで毎月違ったテーマのスナックを届けている。例えば2022年3月は「春の訪れ」、をテーマに梅ザラメ、あまおうどら焼き、レモンミルクちんすこう、柚子おこし等、15種類のスナックが内包されている。近隣の日系スーパーやグロサリー店では上述したコンテナに取りまとめる課題等からオーダーする事の出来ない数々のスナックを米国の消費者に食べてもらう事が出来る。現在では米国だけではなく、実に約100の国々に輸出をしている。コロナ禍で人々が外出の機会を失う中、Bokksuのサブスクリプションは順調に伸びた。同社ではサブスクリプション者数は公表していないものの契約者の約80%が非アジア人、所謂メインストリームと言われる市場の方々で、15%程度がアジア人となっている。これはアメリカの人種構成に比較的近いとも言えるだろう。日本人の我々よりもBokksuをオーダーしている非アジア人の方が日本のスナックに精通している、そんな逆転現象が起きるかもしれない。

Bokksuが新たに力を入れている試みが「Bokksu Market」と「Bokksu Grocery」である。Marketでは、サブスクリプションから選んだ人気の高い商品をリピートオーダー出来る。一回食べて終わりではなく、継続していく事で日本の製菓メーカーと継続的な取引が出来るように取り組んでいる。Groceryは、今までとは少々違う試みで、米国の倉庫で自ら在庫をもち、販売するというスキームだ。ダニー氏が以前断られた輸入社に近いスキームだが、知名度を得たBokksuのプラットフォームで様々な企業の商品を販売していきたいと考えている。

このようにコロナ禍を乗り越え、ニューヨークでは様々な新しいビジネスが始まり、育っている。コロナ禍を完全に乗り越えた、とはまだ言えないであろうし、まだ暫くは言えないかもしれない。またこの二年間で世の中が失ったものは確かに大きかったかもしれない。しかし失った先に残るもの、それは乗り越える為の行動力や決意なのではないだろうか。そんな事を感じる2022年の春である。

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釣島 健太郎

釣島 健太郎
所属
Canvas Creative Group
肩書
代表
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食ビジネスを中心にビジネスの海外展開を専門とした戦略コンサルティング・ファーム代表。2020年4月同社設立。日本食流通大手ニューヨーク共同貿易の副社長兼支配人を2011年より8年間務め、設立40年の同社売上を4倍に拡大。日本食材、酒類、厨房機器1,000以上の新商品の開発に携わる。またボストン、ワシントンDC、アトランタ地区等販売エリア拡大に従事。中学高校時代をアメリカで過ごし、慶応義塾大学卒業。日米双方の文化に造詣が深い。