法律・安全law safety

遺言 日米の違いと、その重要性


遺書と検認裁判所手続、事前指示の書類

ニューヨークで万一のために備えておきたい書類

遺言は、死後の財産処分の法律関係に関する本人の意思表示、遺言書(遺書)はそれを記した法的書類です。

額に関わらず、財産が米国に所在すると、遺言の有無により、死後財産の処分にかかわる時間と費用に差が出て、後のことを整理する家族や友人に負担がかかる可能性があります。裁判所の手続を経ずに、死後の財産処分が比較的非公式になされ得る日本と異なり、米国では、(共同名義や受益者指定のある財産項目を除いて)故人名義の遺産を管理する人が裁判所で指名されない限り、遺産処分手続が進みません。

また、故人が事業を営んでいる場合などは、死後、その事業をどうしたいかが明確にされていないと、処分や承継が困難になります。日仏等制定法の法域と異なり、英米の判例法の法域では、財産を個人の自由意志で遺言によって処分するという原則が伝統的です。

米国では、人が亡くなると、その人の財産権から成る法主体であるエステート(遺産という意味があります)が構成されます。個人が識別される社会保障番号を持つように、エステートは、雇用主識別番号(EIN)を持ちます。

遺言には、誰にどの財産をどう分配するかを記載します。また、法定相続人以外への遺贈、慈善団体への遺贈、相続人の廃除、未成年相続人に対する後見人の指定などの事項に関する意思表示を明記することもできます。税金の対策として特別な信託を組み込む場合もあります。

遺言に、葬儀や埋葬の指示を含めたい、というご希望がよくあります。葬儀指示書は、遺言とは別に作成して、わかりやすい場所に保管しておくことをお勧めします。遺言に含めてしまうと、例えば、独居の方が死亡された場合、指示が記載されている遺言がすぐに発見されず、生前に意思を聞いている家族や友人がいないために、葬儀や埋葬をどうしようということになるからです。そのような場合に備えて、Appointment of Agent to Control Disposition of Remainsという書類で代理人を任命しておくことができます。

遺言で、エステートの代表者となり遺言を執行し遺産を管理する遺言執行人(Executor)を指名します。家族や友人等信頼のおける個人のほかに、銀行等の機関が遺言執行人に指名される場合もあります。遺言執行人は、受認者(Fiduciary)といって、財産の受益者に対して信認義務を負い、故人に代って遺言通りに財産を分配処分します。

友人に遺言執行人を頼みたいが、面倒だろうし費用の持ち出しになるのでは、というご質問がよくありますが、遺言執行者や、遺言がない場合の遺産管理人には、法律で決められた割合に基づく手数料が払われることになっています。負債や費用は、通常、故人のエステートから支払われます。

遺言の署名の方式には州法に基づく決まりがあり、ニューヨーク州では、18才以上の利害関係のない証人2人の署名が必要です。証人調べを避けるため証人が公証人の面前で署名した宣誓供述書を通常添付します。

遺言がない場合とある場合を簡単に比較してみます。

◎ 遺書がない場合

遺言を残さずに死亡した場合、家族等利害関係者である申請人の申請により、(ニューヨーク州では)検認後見裁判所(Surrogate’s Court)が、遺産管理人(Administrator)を、遺産管理状(Letters of Administration)をもって任命します。遺産管理人は、州法に基づいて、相続人(配偶者及び子などの直系の家族)を特定し、故人名義の財産の所有権を確認し、誰がどの財産を受け取るかについて判断を下します。

従って、よくご質問があるように、「遺言がないから」という理由で財産が政府に没収されるということはないはずです(但し、銀行口座等で一定期間取引がない場合、記録にある最後の住所に通知が送られ残高が州に引き渡される)。とはいえ、最終的に、遺産は法定相続人に分配されるものの、遺言がない場合は通常、検認裁判所での手続等に、遺言がある場合より時間がかかり、特に、法定相続人を特定することが難しい場合は、手続が終わるまで長期間を要します。コロナ禍の影響等で2020年から2021年にかけて、特に遺言がない場合の裁判手続に時間がかかっています。そのために経費がかかることになり、財産分配を早く確実に執行させることは望めません。また、法定相続人以外への遺贈を望んでいたとしても、遺言に明記されなければ、尊重されません。

◎ 遺書がある場合

遺言がある場合、死後、検認裁判所に遺言を提出し、その有効性を確認してもらいます。これを、検認手続(Probate)といいます。遺言が有効かの判断を下すと、裁判所は、通常遺言で指名されている遺言執行人(Executor)を、遺言執行状(Letters Testamentary)をもって任命し、法的な権限を付与します。その後、遺言執行人は、付与された権限に基づいて、負債の返済、相続人への遺産の分配など、遺言に沿って、遺産管理を行います。

一部の財産は、遺言によらずに、故人の生前の指定により分配されます。例えば、生存者財産権付きの共同名義の財産(法律上、生き残った共同名義人に権利が帰属します)、受益者の指定がある財産(生命保険、年金プラン、IRA、ITF、POD、TOD等の口座)は、保険会社や銀行の所定の手続はありますが、裁判所の手続を経ずに、指定された受益者に払い出されます。

このように、財産が自分の選択する人に確実に遺され、相続の執行を円滑かつ速やか、そして確実に確保し、死亡に際しての経費や手続の遅れを最小限にするために、遺言またはそれに代わるリビングトラスト等を用意しておくことが勧められます。例えば、現在は米国に駐在しており、ゆくゆくは日本に帰国するつもりでいるが、米国に財産を残す、または、日本国籍で日本に住んでいる(米国の非居住者である外国人)が米国に財産があるという方の場合にも、米国に所有する財産の処分のために、遺言または遺言代替の書類を作成しておくのが良いでしょう。但し、遺産税・相続税について、日米の専門家に必ず相談しましょう。

日本のご家族から、故人がニューヨークに遺された銀行口座を閉めたいが、銀行から、裁判所からの書類(上記の遺言執行状や遺産管理状のこと)がないとできないと言われたとの問い合わせがよくあります。ニューヨークでは現在遺産が5万ドル以下の金額であれば、小額の遺産についてのより簡略な手続ができますが、それ以上であれば、上記の通常の手続をします。裁判手続においては、必要書類に相続人の署名を頂く必要があります。日本にご家族がいらっしゃれば、日本で米国式の公証をして頂かなければなりません。

遺言の有無に関わらず、一定の控除額を超える財産については、期限内に連邦・州の遺産税申告書を提出し(連邦・ニューヨーク州は死後9ヶ月以内、但し延長がある)、遺産税を納付しなければなりません。2012年米納税者救済法により500万ドルに固定された連邦遺産税基礎控除の額は、2018年1月施行の新税法により(2025年末まで)1000万ドルに引き上げられ、インフレ調整のため、2022年は1206万ドルです。今後も政権交替案による税法改定に注意が必要です。州遺産税の有無、控除の額は州によって異なります。2014年の法改正により、従来100万ドルであったニューヨーク州の基礎控除の額は2014年4月から年々引き上げられ、2019年改正を経て2022年は611万ドルです。米国籍でない配偶者が、一定の金額を超える財産を受け取る場合には、米国籍の配偶者のように無制限の配偶者控除を受けられませんので、遺産税・贈与税について、事前の対策が必要です。

遺言と同時に、生前に必要な、リビングウイル(Living Will)、医療に関する委任状(Health Care Proxy)、財務に関する委任状( Power of Attorney)の作成も検討しましょう。こうした書類が予め適切に作成されていないと、何かあったとき、ご家族やお友達は、本人のために事務処理をする後見人(Guardian)を裁判所に指名してもらわなければならない場合があります。この手続は、高額で時間がかかります。遺言は人が亡くなってから効力を発するものですが、これら事前指示の書類は本人の生存中に有効で、本人が亡くなった時点で、指名された代理人の権限は失効します。

リビングウイル(Living Will)は、いわゆる持続的な植物状態(脳死)に陥った場合に、生命維持措置をどうして欲しいか、ご家族や医療関係者に対して、自分の意図を明確にする書面です。

委任状(Power of Attorney)は、本人が自分で事務処理ができなくなった場合に、信頼できる人を「代理人」に指名して、本人に代わって財政的な決定を行える権限を付与する文書です。ニューヨーク州では2021年に法改正があり、州制定法による委任状の書式が新しくなりました。それまでの法律に則って作成されている委任状も有効です。委任状の書式は複雑で選択項目が多く、専門家のアドバイスを受けながら作成・署名することが必要です。

医療委任状(Health Care Proxy)は、医学的処置など医療に関する決定を下す権限を、「医療代理人」に与えるものです。一時的に自分の意思を言葉にすることができない、また決定能力がないと判断される場合に、医療委任状が、本人に代わって「医療代理人」が話すことを可能にします。

ニューヨーク州では、2010年に公衆衛生法が改正され、決定能力がないと判断される本人について、医療代理人が指名されていない場合の手続が設定されました。しかし、法律で決められている順序(後見人、配偶者、子供、両親、兄弟姉妹、親しい友人)に従って、医療機関等が代理人(Surrogate)を決定しなければなりません。従って、医療委任状のもと、事前に、自分の意思によって、自分の意思を良く知っている人を医療代理人に指定しておくことが望ましいです。

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滝川 玲子

滝川 玲子
所属
ウインデルズ・マークス・レーン・アンド・ミッテンドルフ法律事務所
肩書
パートナー、ニューヨーク州弁護士
TEL
212-237-1073
URL
https://www.windelsmarx.com/

上智大学外国語学部英語学科、同法学部国際関係法学科卒業後渡米、ニューヨーク大学ロースクール法学修士。日米両国の弁護士事務所のほか、日本企業での勤務経験もある。総合法律事務所のニューヨークオフィスにおいて、パートナー弁護士として遺言・遺産に関する法律を中心に、幅広い分野で法律サービスを提供。日米両国のクライアントから国境を越える相談について問い合わせがある。現在JAAにおいて、2ヶ月に一度の無料法律相談を担当。