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アメリカのHR 日系企業も無視できないDEI


ここ2年間、HRについての記事執筆はもっぱら新型コロナ感染にかかわる内容がほとんどを占めていました。しかし、世界中で大変な猛威をふるったこのコロナ禍もパンデミックからインフルエンザのようなエンデミックに次第にその姿を変え、収束に向かうというシナリオが見えてきたことから、今回はコロナ関係の話は隅において、違った角度からのお話として、これからのアメリカのHRについての展望を皆様にシェアさせていただきたいと思います。

DEIとは?

アルファベット3文字を使ったDEIという言葉を聞いたことがありますでしょうか?これは“Diversity, Equity & Inclusion”からとった頭文字になります。日本語に訳しにくい単語が入っているのですが、それでもあえて訳してみますと、「多様性、公平性、包括性」となるでしょうか。多様性と公平性というのは、日本でもときどき使われている言葉ではありますから改めて説明の必要はないと思いますが、包括性という言葉はどうでしょうか?日本語でもあまり聞き慣れない言葉ではないでしょうか。少なくとも日本人同士が行う日常会話の中で使われている言葉だとはいえないと思います。つまり、多くの日本人にとってはあまり馴染みのある言葉ではありません。

そこであえて日本語に翻訳した言葉にして使うのではなく、そのまま英語でお使いになり、英語のままでご理解していただくのがむしろ理にかなっているように思われます。最初は英語でお使いになってみていただき、のちにフィットする適切な日本語が生まれてくるかもしれません。それだけ、まだまだ日本では目新しい言葉であり概念であるといえます。ですが、アメリカではコロナ禍とほぼ軌を同じにして、広く深く浸透してきた言葉であり、概念でもあります。

日本では、流行り言葉のようにESGとかSDGsであるとかのアルファベット3文字がメディアではもてはやされています。恐らく多くの日本人の方々にとってこれらの頭文字は馴染みのあるアルファベットの組み合わせになっていると察しますが、逆にほとんどのアメリカ人には聞いたことがない頭文字の組み合わせです。その意味では、日本のESG/SDGsの対照となるのがDEIだといえなくもありません。

多民族国家だからこそSDGsよりもDEIが課題のアメリカ

さて、日本人の方々には言わずもがなであるのかも知れませんが、ESGは“Environment, Social, Governance”の略で、主に企業へ投資する際のひとつの新たなトレンド的投資指標です。もうひとつのSDGsは“Sustainable Development Goals”の略で、持続可能な開発目標を指しています。日本では「エスディジーズ」と呼ばれていますが、もともと国連が2015年9月に取りまとめた2030年までの17項目からなる達成目標設定ということになっています。企業投資に関係がない人々や国連活動やその決議にほとんど関心を持たない一般アメリカ人にとっては記憶に残ることのないアルファベットの3文字です。では一方のDEIはどうでしょうか。ESG/SDGsに比べれば、多くのアメリカ人にとっては多かれ少なかれ誰しも身近に感じられるトピックですので、仮にその3文字の省略が何であるかを知らなくとも、Diversity, Equity & Inclusionだといえば、頭の中で皆ピーンとくるのではないでしょうか。

ですから、ESG/SDGsに並んでDEIも企業活動の中で重要な行動指針を反映している概念であり、目標設定になるのではないかといえます。建国以来、海外からの移民を受け入れ、それら移民で成り立ってきたこの多民族国家であるアメリカでは、DEIは企業にとっても常に避けて通ることの出来ない重要な社内外における課題ではなかったでしょうか。それは基本的にアメリカに進出している日系企業様にとっても同様のことがいえるのではないかと思われるのですが、アメリカに現地法人を作って進出しても従業員はほぼローカルで採用した日本人の方たちだけであったり、(アメリカ生まれでアメリカ育ちの)日系人の方や(日本語が少し出来る)アジア系アメリカ人の人たちを採用している場合であれば、DEIは喫緊の課題ではなかったといえるのかもしれません。

法律で保護されているDEI

しかし従業員の採用を今後拡張していく過程においては、日本人や日本語だけに焦点を置いて募集をかけるのはいずれ限界が来るものと考えられますし、企業の顧客や取引先、そして周囲のステークホルダーなどは、日本人関係者だけに限ることは当然出来なくなりますので、どうしても遅かれ早かれDEIの課題に直面するときが来るのは自然の成り行きだといえるのではないでしょうか。日本でDEI、その中でもとりわけダイバーシティというと多くの方が女性の活用、中でも女性の採用増や管理職の男女比率をイメージされるかもしれませんが、アメリカでは女性はもちろんのこと、ジェンダー(性的志向・性自認など)、人種、民族、肌の色、宗教、出身国、市民権、外国籍、心身障害者、軍出身者など非常に多岐にわたるダイバーシティがそこには存在しています。それらのカテゴリーに位置づけされている人々はアメリカの中では法律上保護されていますので、企業は雇用上、それらを理由とした差別やハラスメント、そして報復措置などをとることは一切許されていません。

更に、企業が遵守すべきこのDEIは単に法律で定められているから守らなければならないというよりも、もっと多くの奥深い問題が内在しています。しかもアメリカは建国以来、歴史的にも黒人の人々に対する深刻な人種差別が存在し、それは今現在も根深く残っています。そのような連綿と続く人種差別を特に歴史上経験することのなかった日本人にはなかなか実感としてわかり得ないところがあるのは紛れもない事実ではあるのですが、アメリカに来られ、企業経営されている日本人の方々にもアメリカのDEIのトレンドや今後の潮流には少なくとも無関心を貫くというのはあまり褒められた話ではないと思います。ESG/SDGsには高い関心を示されている日本の企業関係者の皆様には、同じくこのDEIにつきましても本年は関心を持ってみていただきたいと思います。今年2022年をDEI元年として位置づけをして頂ければ、少なくともDEIが何を指しているのかがピンとくる年となるのではないでしょうか。

日本人にとっても身近なDEI

では具体的にDEI元年をどこから始めてみたらよいのでしょうか。これは私からの個人的な提案になりますが、アメリカの歴史を理解する上でも名作といわれる映画で黒人の人々の過去を丁寧に取り扱った作品をご覧になるというのは如何でしょうか?安直なアプローチだというご非難はあるのかもしれませんが、やはり手っ取り早い方法ではないかと思います。私が今まで観た映画の中で特にお勧めは、“The Help”(2011)、“Selma”(2014)、“Loving”(2016)、“Green Book”(2018)、“Just Mercy”(2019)などです。特に映画ファンというわけではない私でも、黒人の歴史や黒人であることの苦難の背景を克明に描いた映画をこれだけ観てきたわけですので、皆様にもこの中の一つだけでも、まだご覧になっていない作品がありましたら是非ご覧になっていただきたいと思います。特に“Green Book”は2019年度のアカデミー賞で最優秀作品賞を獲得した誉れ高い名作です。

ほかにも、我々日本人にとって身近な話題をご紹介いたします。今年2022年は、真珠湾攻撃翌年の1942年2月19日、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が大統領令9066号に署名をし、アメリカ西部地域に移住し生活していた日系人約12万人が正当な理由もなく「敵性外国人」として強制収容所に送られ、過酷な生活を強いられた年から数えて80年を迎えました。バイデン大統領は「アメリカの歴史上、最も恥ずべき出来事の一つだ」とする声明を発表し、「日系人に対する連邦政府の公式謝罪を改めて確認する」と表明したのです。80年前に起きた、今では考えられない強制収容という暗い歴史の側面がこのアメリカで当時日系人だけを対象として起こった悲劇の史実に対して、DEIは日本人にはまったくもって関係のない他人事だと誰が断言することが出来るのでしょうか。

今、数多くの日系企業がアメリカの土壌でしっかりと根を張り、アメリカ企業市民として温かく迎え入れられ、フェアで健全な企業活動を続けていくことが出来ているのは、先人である日系人の方々のおかげだということを忘れてはいけないと思います。人間というものはえてして、その昔起こったことは簡単に忘れてしまい、歴史を顧みないところがありますが、DEIを学び、意識していくことでアメリカの日本人としてのルーツや先人が経験してきた大変な苦労に思いを巡らせてみることは決して無駄なことではないと感じます。日本人としてアメリカの地でビジネスが出来ることを今一度謙虚に考えてみる上でも、DEIを私たちは真摯に学んで知っておく必要があるのではないかと思うのです。

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酒井 謙吉

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